『神様ドライブ』について

この小説を書こうとしたきっかけは、僕がアメリカのロードムービーが好きだったからだ。

広大なアメリカの大地をキャンピングカーで寝泊りしながら旅をする。喧嘩と仲なおりをしながら旅をつづけることで登場人物の絆が深まり、ラストの別れはより感動できる。旅は物語の中でも王道中の王道なのだ。

だから日本を舞台にしたロード小説を常々書きたいと思っていた。しかし速攻で高い壁にぶちあたる。なんせ日本は狭い。車で日本を横断するにしても、4、5日あれば可能だ。一応日本にもロードムービーは何本かあるのだが、この日数の少なさが前からひっかかっていた。4、5日など免許合宿よりも短い。車の免許合宿で仲間の絆がそこまで深まるとは思えない。

そこで知り合った友人と別れるときも「じゃあね、バイバイ」と軽く手をふり、その直後にスマホゲームに課金しているだろう。旅と名がつくからには数ヵ月は欲しいものだ。

一気に横断するのではなく、何か見て回るのなら数ヵ月はかかるだろうか? でもただの観光は嫌だ。何かぴたりとくる目的はないだろうか?

そんなことを考えているとき、友人である神王リョウ君と一緒にご飯をすることになった。彼は日本有数の投資家で、僕の知り合いの中でだんトツの金持ちだ。僕が放送作家をしているとき、番組に出演してもらったことがきっかけで友人となった。

20代のときに資産うん十億円を築き、今はそれがさらに増えている。人格的にも優れていて、僕が尊敬する人物の一人だ。

ふと世間話から、リョウ君が神社通であることを知った。暇さえあれば参拝しているらしい。成功者の中には神社に精通する人が結構いるそうだ。

まさかお金持ちになる秘訣とはこれのことなのか。現金なもので、こうなると途端に関心がわいてくる。

じゃあどこの神社に行けばいいのかを彼に問うと、「まず近くの神社に参拝してください。氏神様が一番大事なので」と教えてもらった。

そこでいろいろな話を聞き、ますます神社に興味を抱いた。その足で書店に向かい、神社関連の本を読んでみた。そこで驚愕の事実を知った。日本全国の神社の数は8万以上あり、コンビニの5万よりも多いそうだ。8万? 桁が間違っているんじゃないかと思ったが、8万で合っていた。

そこで閃いた。全国の神社を巡る旅をするのはどうか、と。これなら数ヵ月はかかるはずだ。神社ならば人々の身近にあり、興味深い題材になる。なんせ8万もあるのだ。

いくらなんでも8万もあって誰も一切興味がないとは考えにくい。書店さんでも神社本のコーナーがあるほどだ。

全国の神社を旅する話を書きたい。編集者さんにそう告げると、ぜひ書いてくださいと言われた。ただ喜ぶ間もなく、こう付け加えられた。「 いい奴が悪い奴だった。悪い奴がいい奴だった。そういう逆転する展開は多いし書きやすいんですが、いい奴だと思ってたらとてつもなくいい奴だった。悪い奴だと思っていたらとてつもなく悪い奴だった。これはすごく作るのが難しいです。今回はこれを目指してください」

なかなかの難問だと僕は頭をひねった。僕は最初の十作ぐらいまでは王道の物語を書くと決めていた。 意外性があったり展開が読めないストーリーは大好きだし、そちらの方が売れることもわかっているのだが、まずは王道の書き方を体に染み込ませてからでいい。いわゆる作家としての基盤を固めてからにしよう。そちらの方が作家として長く活躍できるだろう。そう考えていたからだ。

だがストーリーはシンプルであればあるほど、キャラクターはなにより重要な要素となる。

そんな時ふとテレビを見ていると、『馬鹿よ貴方は』というお笑いコンビがネタをやっていた。僕はこのコンビの漫才が好きでよく見ていた。

特にボケであるファラオ光(敬称略)のキャラクターがいい。物静かそうな人物がボソボソと奇天烈なことをしゃべる。その空気感が実にいい。

そうだ。このファラオ光を主人公にできないだろうか。ただ優しいだけではない。神様のごとくやさしい人物。それを表現するのにぴったりじゃないだろうか。

そう言われてみると、ファラオ光はなんとなくキリストにも見えてくる。

これでキャラクターは決まった。あとは舞台である神社のことを調べる必要がある。一応僕も初詣やお宮参りで神社には参っているのだが、ただ漫然と参拝しているだけで、その裏にある意味はほぼ知らなかった。そこで神道も神社の知識もない神様素人の状態から、少しずつ勉強することにした。

ただひとつ危惧があった。もし僕が神社に何も興味を持てなかったらどうしようか、ということだ。作者が神社の魅力がわからなければ、小説の中の登場人物もわかるわけがない。だって僕が書くんだから。

しかしそれは杞憂に終わった。神社はとにかく面白かった。参拝作法、社殿や鳥居の形式の違い、各々の神社に祀られている魅力的な神様たち。知れば知るほど神社にのめり込み、おかげで近くの神社に参拝してから執筆するのが日課となったほどだ。

神社はコンビニよりも数が多く、どの地域にも身近にあるものだ。 この一冊を読んでもっと神社を好きになってほしい。

ちなみに毎日氏神様にお参りした効果はどうだったのか? 

それはとんでもなくすごかったということだけはお知らせさせてもらいます。

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ABOUTこの記事をかいた人

作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。