文章は手で書くから口で書く時代 1 ーキーボード入力から音声入力にー

公私ともにお世話になっている作家に仁木英之先生がいる。人気シリーズである『僕僕先生』を始めとして、数々の作品を世に出されている。

ある時そんな仁木先生と喋っていると、「最近車でドライブしながらスマホの音声入力で小説書いてるんですよ」とおっしゃられた。

ちょっと驚いた。仁木先生は、少林寺の修行が辛すぎて脱走し、森に隠れて30年経った小坊主のような容貌をしている。

もしくは芸能界の荒波に揉まれすぎて、悟りを開く寸前のあばれる君といったところだろうか。(まあ素敵な丸坊主の中年男性ってことです)。そんなハイテクな手法を取り入れているとは思わなかった。

ビジネス書の作家さんでは、時々音声入力で文章を書いているという人はいるが、小説家でははじめて聞いた。

仁木先生は速筆の作家として有名だ。僕も、編集さんから筆が早いとよく言われる。仁木さんが音声入力で執筆できるならば、きっと僕にも合うだろう。

それに以前から口述筆記には興味があった。村上春樹先生や東野圭吾先生クラスになると、リンパマッサージをうけながら口頭で小説を語り、その隣でエロい秘書がキーボード入力しているのだろう。(あくまで想像です)

さらに僕はそういう最先端の技術をいうの取り入れるのが好きだ。そこでちょっと時間がかかる小説を書き上げたのきっかけに、音声入力に切り替えてみた。

それから3週間ほど経って、音声入力の良さと欠点がわかってきた。小説家で詳しくそういうことを書いている人がいなかったので、もし音声入力での書き方に興味がある人の参考になるならばと、ちょっとブログに書いておきます。

捨てる覚悟を決める。

まずやると決めた時は、思い切って前の技術を忘れる必要がある。文章入力でいうならば、ブラインドタッチや親指シフトができる人ほど音声入力に切り替えにくいだろう。なぜならば音声入力に慣れる前に、「やっぱりキーボードで書いたほうが早いな」とすぐにやめてしまうからだ。苦労して学んだキーボード入力の技術を簡単には捨てられない。そんな心理的ブレーキが働いてしまう。

この気持ちはよくわかる。僕もキーボードで文章を打ち出して20年以上が経つ。20年以上もやっているので、相当早く打てる。キーボードが指に触れた瞬間、指が勝手に文字を打ち出している。今はそんな感じで打てるようになった。

音声入力も、やりはじめてすぐはもどかしかった。これはだめだな。そう思ったが、そのときすぐに頭をかぶり、「これはリープフロッグ現象になるぞ」と考えなおした。

リープフロッグ現象とは、一度技術やシステムに精通してしまうとそれが固定化し、次に新しい技術が出ても、「けっ、そんなもん」と唾を吐き捨て、ワンカップ大関を片手に住之江競艇場に向かう現象だ。いや、違う……つまり以前の技術に固執してしまうということだ。

例えば今中国では、電子マネーなどのネット決済が大半を占めているそうだ。現金はほぼ扱われていない。キャッシュレス社会となっている。

そういえば以前、爆買い中国人が話題になったとき、中国専門家である富坂聰(@satoshitomisak先生にインタビューさせてもらったことがある。

その時冨坂さんが言われたのは、「中国では偽札も多く、現金のやりとりで騙される危険性もあります。普通の買い物でも、これは騙されてるじゃないかと疑いながら物を買う必要があります。だが日本ではそんな心配はいりません。だから中国の人は、日本では安心してショッピングができるんです。日本人は気づいていませんが、騙されるかどうかの心配なしで買い物ができるのは大変うらやましいことなんです」

そのインタビューをしたのが8年前ほどだが、逆に現金決済でのインフラが整ってなかったことで、中国では急激にネット決済が普及したのだ。

その一方現金決済のインフラが整っていた日本では、ネット決済が大いに遅れている。まさにリープフロッグ現象だ。

今回で言うならば、キーボード入力が現金決済で、音声入力がネット決済となるだろう。

音声入力での文章執筆を導入するならば、まずはちょっと不便だと思うことでもやり続ける必要があるのだ。

→続く

↓音声入力執筆に関しては、この本を参考にしました。

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作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。