どういう教育?ーOくんとアヒルの卵ー

お笑い芸人の千鳥のノブさんが最近、「どういうお笑い?」というツッコミをしている。相方の大吾さんが通常のお笑いの方程式にはないボケをして、思わずこうつっこんだのだ。

これと似た感じで、「どういう教育?」、と思わずツッコミたくなるような経験をしたことがある。

それは、僕が小学生の頃だ。友人にOくんという子供がいた。彼は典型的なお調子者だ。クラスに1人は必ずこんな子供がいる

意気揚々とNSCに入ってきて、初日でレベルの違いに気づいてやめたにも関わらず、「俺お笑い芸人やろうと思ってんけど、今お笑い芸人なんてださいやろ。やっぱ時代はユーチューバーやで」とバイト先で得意げに語るタイプ

Oくんはこんな人種だった。

ある日彼が、腰をかがめながら教室に入ってきた。腹に何かを入れているようだ。

「それ何入れてんの」と僕が尋ねると、

「これアヒルの卵やねん」

とOくんが得意げに答えた。なんでも登校途中に見つけて拾ってきたそうだ。

「それ元に戻しておいたほうがええんちゃう」と僕がとがめると、Oくんは静かに首を横にふり、「いやこれは俺が温めて育てる」と答えた。

卵を温めて育てたい子供だ。

今では一定の割合でそういう子供が存在することは知っているが、その時の僕は未知との遭遇だった。

正直なるべく関わり合いになりたくない。「ほな好きにしたら」と僕は放っておいた。

その後、Oくんは卵を温めながら授業を受けたり、窮屈そうに体育をしたりしていた。休み時間は教室の隅でうずくまり、「どや、寒ないか」と卵に語りかけていた。根はいいやつなのかもしれないが、いいやつでも気味が悪い人がいるのだ、とOくんは僕に教えてくれた。

ところが予想通りというか、誤って卵を割ってしまったのだ。

「あー、卵が……」とOくんが泣き叫んだ。僕は未来予知者ではないが、この結末は完璧に予想できた。

その騒ぎを聞きつけて先生がやってきた。僕が事情を説明すると、先生は激怒した。

「生き物をなんやと思ってるの!」と目を吊り上げている。先生の言う通りだ。Oくんは卵をおもちゃとして扱っていたのだから。

ところがその次の先生のセリフは、未来予知者の僕といえどもまったく予想できなかった。先生はこう言った。

「卵割ってしまったんやったらそれを焼いて食べなさい!

えっ、と僕は耳を疑った。

焼いて食べろ? 

何がどうなればそうなるのだ。まさか教師の指導要綱に、「卵を温めようとして割った生徒は、それを卵焼きにして食べさせるように指導すること」と記載されているのだろうか。

「……わかりました」とOくんはべそをかきながら答えた。

わかるの? 

僕は思わずOくんを見やった。今僕の頭上で、理解不能の会話が空中戦をくり広げている。

すぐにOくんと僕は調理室に向かった。僕はフライパンに油を入れ、それに火をかけた。Oくんはそこに割った卵を注ぎ込んだ。じゅうじゅうという音が、調理室に響いている。

そしてアヒルの卵の卵焼きは完成した。Oくんは黙々とそれを食べ始めた。味がどうとかは聞けなかった。光景がシュールすぎると、人は質問できなくなるのだ。

するとOくんが僕の方を見た。そして、

「浜ちゃんいる?」

と尋ねてきた。僕はあわてて反応した。「……いやいらんわ」

ここで味をたしかめたがる人は、一万人に一人いるかどうかだろう。

「そう……」とOくんはまた静かに食べ始めた。その頬には涙の跡がある。自分が温め、母になろうとしていた卵を食べる。それはどういう気分なんだろう。体験したくはないものだ……。

あれから二十年以上がたち、僕も立派な大人になった。子供もいて親にもなっている。それをふまえて当時のことをふりかえり、あらためてこう思う。

「どういう教育?」

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

ABOUTこの記事をかいた人

作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。