アロエ佐藤とは何者か? 2

前回 アロエ佐藤とは何者か?1

衝撃の一言という表現がある。想像すらしない、予想外の一言という意味だ。言葉ではあるものの、現実でそれを聞く機会はめったにない。だがその一言を、僕はアロエ佐藤の口から聞いたことがある。

僕は奈良の平城京跡という場所の近くに住んでいた。昔は貴族が暮らしていた場所で、今はだだっ広い野っ原のような状態になっている。そこは奈良の子供たちの遊び場所だった。

ある時子供たちの間で、その平城宮跡に住む猫のことが話題になった。

その猫は、バッタ猫と呼ばれていた。

なぜバッタ猫なのか? その猫は野良猫なので、自分で食料を得なければならない。そして、その猫の主食が平城宮跡を飛びかうバッタなのだ。器用に前足でバッタを叩き落とし、それをむしゃむしゃと食べるのだ。その見事な狩りの姿に、子供達は興味津々だった。

ある日、アロエ佐藤が目を輝かせて話しかけてきた。

「浜ちゃん、バッタ捕まえてバッタ猫にプレゼントせえへんか」

アロエ佐藤はバッタ猫のファンだった。だから何か贈り物をしたくなったのだろう。アイドルファン気質がこの頃からあったようだ

正直めんどくさかったが、とりあえず付き合ってやることにした。僕とアロエ佐藤は自転車で平城宮跡を駆け回り、バッタを集めた。 アロエ佐藤のポケットには恒例のアロエがつき刺さっている。絶対怪我をしてはいけないな、と心を引き締めながら、僕はバッタを集め回った。

虫かごがバッタでいっぱいになったところで、早速猫のもとに向かった。

バッタ猫はすぐに見つかった。あいかわらずおっかない顔している。飼い猫にそんな形相の猫はいない。 飼い猫が蛭子能収だとしたら、バッタ猫は高倉健だ。

アロエ砂糖が嬉しそうに中腰になり、バッタ猫に話しかけた。

「ほらバッタ猫、バッタとってきたぞ、食べろ」

と捕まえたバッタをバッタ猫の前に差し出す。

バッタ猫の目がつり上がったように見えた。あきらかに警戒の色を浮かべている。

僕はこわごわと諌めた。

「佐藤やめといたほうがいいんちゃうか。なんか怒ってるぞ」

「そんなことないやろ。バッタ猫の好物はバッタやろ。なんで怒んねん」

と佐藤は気にもとめない。

「ほら食べろ」

とさらににこやかな声で、バッタを摘んだ指を差し出す。

その直後だ。

「 ぎゃああああああ!!!!」

という叫び声が平城宮跡に響いた。バッタ猫が、佐藤の手首を噛んだのだ。かなり深く噛まれたのか、血がかなりでている。

バッタ猫はそんな施しまっぴらごめんだったのだ。さすが高倉健スタイルだ。蛭子能収ならば、へらへら笑って受け取っていたはずだ。

「痛い、痛い、痛い」

と佐藤が泣き叫んでる。これほどパニックになった佐藤を見たことがない。どうしようと僕もあわてた。

するとその時だ。僕は佐藤のポケットに目が止まった。そしてすかさず言った。

「佐藤、アロエ あるやん。それ使え」

そうだ。アロエ佐藤といえば、アロエではないか。怪我をする子供がいるたびに、佐藤はあのアロエを傷口に塗ってきた。

ただこれまでは他人の怪我だったが今回は違う。アロエを愛する、佐藤本人が怪我をしたのだ。今こそ、そのアロエが真価を発揮する時ではないか。アロエも佐藤の愛情に応じ、いつも以上の治癒能力を発揮してくれるだろう。

ところがその時だ。佐藤の口から信じられない一言が飛び出した。

「そんなもんきくか!こんだけ血出てるんやぞ。病院連れて行ってくれ」

僕は心の中でこうつぶやいた。

こいつ……マジか……

衝撃の一言とはまさにこのことだろう。アロエ佐藤は、アロエに心酔しているのではないのか。だからこそ嫌がる友達に、アロエを擦り付けていたのではないのか。

ところが自分の非常事態を目の当たりにして、本音を思いっきりこぼしやがった。

こいつはアロエの力を信じていなかった。友達相手に、遊びで試していただけなのだ。赤ひげ先生だと思っていたら、とんだマッドサイエンテイストだったのだ。

その後、僕は泣き続ける佐藤を病院連れて行った。幸いにも怪我はたいしたことがなかった。ただアロエ佐藤は、あわてて駆けつけた母親に死ぬほど怒られ、また号泣していた。

この話から僕はどんな教訓を得たのだろうか。バッター猫にバッタをやってはいけない。アロエ佐藤は、土壇場でアロエを裏切る。善良そうに見える名医には気をつけろ。

今のところこの経験が人生で役に立ったことは一度もない。

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作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。