時が止まる瞬間ーある少年の告発ー

告発の現場に遭遇したことがある。

しかも小学一年生の子供がある告発をした瞬間だ。

僕は昔子供番組をやっていた。いろんなキャラクターのある子供を集めた番組だ。

その番組で『ヒロシ(仮名)』という少年がいた。ヒロシは小学校一年生で、突拍子もないことを言うタイプの子供だ。クレヨンしんちゃんのしんちゃんと風貌がそっくりで、番組をかき乱す役回りだ。

ある日、ヒロシとミカという女の子が動物園のロケに行った。担当はMさんというディレクダーだった。

Mさんがロケから帰ってきた。

「Mさんロケどうでした。ヒロシできましたか?」

そう訊くと、Mさんがため息混じりに答えた。

「ヒロシがぜんぜんだめで、まったく動物園の仕事の手伝いできんかったわ。だからミカがやって、ヒロシができないって感じで見せようと思う」

VTRを見やすくするための演出というやつだ。

「でもヒロシがまったく手伝わなかったのに、急に手伝おうとするから大変やった」

「ヒロシは気まぐれですもんね」

「だからヒロシが手伝おうとしたら、『手伝うな』って何もさせんかったんや。急に手伝わられたらVTRがわけわからんくなるからな」

もしかすると今ならば『演出』と『やらせ』のグレーゾーンかもしれないが、当時はさほどそういう部分にうるさくなかった。十分に演出の範疇に入るディレクションだ。

「でもヒロシはそれが不満やったらみたいで、めちゃくちゃ怒ってたわ」

ヒロシらしいな、と僕は苦笑した。子供というのはそういうものなのだろう。だからこそスタッフは頭を悩ませる。普通の大人のタレント達とは違うからだ。しかもヒロシはタレント事務所のキッズタレントではなく、オーディションで入れた普通の子供だった。

そしてそのVTRをスタジオで見る本番の日を迎えた。

MCは大物芸人さんだ。子供に人気があり、この番組の子供からも絶大な人気を集めていた。

僕もスタジオの隅で番組を眺めていた。

VTRが流れると、みるみるうちにヒロシの機嫌が悪くなるのがわかった。なんてわかりやすいやつだろうか。

VTRが終わると、MCの方がたしなめた。

「ヒロシ、ミカがちゃんとやってるんやからおまえも手伝わなあかんやろ」

ミカが口を入れる。

「そう、ヒロシぜんぜん手伝ってくれんかった。うち大変やったわ」

他の子供たちが追随する。

「おい、ヒロシあかんぞ。ロケ行ったら手伝わな」

全員でヒロシを攻め立てる。僕はヒロシの様子を窺った。

ヒロシは口を真一文字に結び、顔を怒りで真っ赤にさせてふるえている。

まさに実写版男梅だ。

MCがさらに言った。

「ヒロシ、なんで手伝わんかったんや」

その瞬間、ヒロシは勢いよく立ち上がり、声の限りに叫んだ。

「M(ディレクターの名前)がやれ言うたんや!!!」

スタジオが凍りついた。

MCもプロデューサーもディレクターもカメラマンも音声さんももちろん僕も微動だにできないでいる。ラジオならば放送事故レベルの沈黙だった。

まさかテレビの本番中にタレントが告発するなど想定外だ。そんなこと台本のどこにも書いていない。

MCが正気に返り、やわらかな声で言った。

「……ヒロシ、テレビでそんなこと言ったらダメやで」

「なんでや。Mが手伝うなって言ったんや。なんで俺が怒られなあかんねん」

ヒロシはまだ憤慨していた。よほど腹に据えかねていたのだろう。

これが生放送ならば大変なことになっていた。

本番が終わり、スタジオに出るとスタッフ達は爆笑した。長年のテレビ生活で本番で演者が告発するのは誰もがはじめての経験だったのだ。

予想を超えると、爆発的に面白くなる。

ヒロシのそのことを学ばせてもらった。

そいうえばドッキリで本番中に誰かが告発するドッキリとかないな。そういうドッキリ作っても面白いかもしれない。

 

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作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。