ブラックマヨネーズ吉田敬『黒いマヨネーズ』について

ブラックマヨネーズ吉田さんのエッセイ集『黒いマヨネーズ』を読んだ。これほど面白いエッセイを読んだのは久方ぶりだった。

ブラマヨ吉田という芸人さんは、芸人さんの中でも際立って面白い人だ。

漫才コンビにはボケとツッコミという役割があるが、吉田さんはボケ担当だ。

近頃のバラエティーというジャンルでは、ボケよりもツッコミの方が目立っている。これまでボケが担っていた役割は、他分野で変わったキャラクターを持つタレントがし、お笑いコンビのツッコミがそれを華麗にさばく。

だから現在ではツッコミが目立ち、ボケが不遇だと言われている。

けれどそんな中で、吉田さんは一人気炎を吐いている。口から出る言葉すべてが、ボケ一色なのだ。そんな芸人さんは今では稀有となっている。

笑い飯の西田さんが、「ブラックマヨネーズの吉田さんには負けた」と以前語っていた。そして西田さんがそう思わされたエピソードを話された。

ある番組で、MCから西田さんと吉田さんは汚いといういじりをされた。そしてMCがこう続けた。

「二人はどんな女の子が好きなんや?」

「土屋アンナさんです」と西田さんが答えられ、「俺も土屋アンナさん好きや」と吉田さんもかぶせてきた。

「おまえらみたいなのが土屋アンナさん好きってどういうことやねん。おまえらみたいな汚ったないやつらが」

MCが嘲笑まじりにさらに掘り下げると、吉田さんが即座にこう返した。

「いやでももう降ってくる雨も、土屋アンナさんがするおしっこが蒸発して降る雨になってると思ったら全部飲めますわ

この一瞬で、これほど超絶汚いコメントを返した吉田さんに西田さんは心底感心したらしい。

芸人さんの能力に反射神経というのがある。その状況状況に応じたボケを、いかに的確に返せるかという能力だ。

今回の場合、MCが『汚いコメント返してこい』という球を投げてきた。

これは相当な難題だ。160キロの速球が内角高めにきたようなものだ。普通の芸人さんなら打つこともできないかもしれない。

それを吉田さんは、豪快な一振りでホームランを打ってしまった。

汚いコメントの歴史の中で、『土屋アンナさんのおしっこが蒸発して降る雨になってると思ったら全部飲める』以上の汚いコメントがあるだろうか?

これこそがブラマヨ吉田さんの驚異的な能力なのだ。

お笑い芸人はコンプレックスや悲哀を武器に戦うが、そのコンプレックスという武器が吉田さんは破格だ。普通の芸人さんが刀ならば、吉田さんは図書館ぐらいの大きさの巨大な鉄のハンマーで戦っている。

黒いマヨネーズを読むと、吉田さんが普段考えていることが垣間見える。コンプレックスとモテたいというエキスを、ギトギトのとんこつラーメンのスープを作るように毎日煮込んでいるのだ。常人ならば、その臭気だけで気絶するだろう。

普通の芸人さんならば、『汚いコメントを返してこい』というボールは速球だが、普段からそんなことばかり考えている吉田さんならば止まったボールに見える。だからこそ、あんな一瞬であれほど汚いコメントが返せるのだ。

そして悲しいことに、「吉田さんはすごいが、あの人にはなりたくない」と多くの芸人さんが思ってしまう。圧倒的な能力があるのに、誰も自分がそうなりたいとは思わない。

なぜならば、売れても毎日あんな毒スープを煮込みたくないからだ。ここにも吉田さんの悲しさがあり、より吉田さんを面白くしている要素でもある。

『黒いマヨネーズ』ぜひ読んでみてください。

 

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作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。