みなさん、『貝社員』はご存じだろうか。朝の人気番組・日本テレビのzipで放映されているアニメだ。
ある日、編集者さんからこんな連絡があった。
「浜口さん、貝社員って知ってますか」
「もちろん知ってますよ。映画館で時々やってますよね」
「それです。その貝社員を小説にしてもらえませんか」
「いいですよー」
変わった依頼だが、受けた注文はとりあえず了承するという下請け魂が放送作家時代から根づいている。
「貝は貝のまま書いたらいいですか」
「いいえ、制作会社の方はゆくゆくは実写化したいそうなので、貝を人に変えて、実写化できるようにしてもらっていいですか」
「実写化……」
貝社員をご存知の方ならわかるだろうが、あれをどう人にすればいいのだ? 軽く引き受けたら、とんでもない難問だった。なにげなく付き合った彼女が、ロシアの産業スパイだったような気分だ。
「まあどうにかやってみます」と答え、とりあえずどんな話にするか考えることにした。
まずは資料としていただいた貝社員のアニメを見はじめた。主人公はアサリというキャラクターだ。貝のアサリをモチーフにしている。
アサリは仕事嫌いですぐに会社を帰りたがる、さらに何でもすぐにあっさり投げ出してしまう。そんな性格の持ち主だ。
あさりを見ていて、僕はすぐに気づいた。
こいつ俺に似てるな……。
僕は昔から普通の人ができることはまったくできなかった。学校も大嫌いだったし、一時期は不登校にもなっていた。小説や漫画を読んだり、ゲームに興じる。家でバラエティ番組やお笑い番組を見る。さらに弟を落とし穴ではめる。
そんなことしかやってこなかった。好きなことしかできないという病気なのだ。
こんな性格ならば勤め人は絶対に無理だ。そう考え放送作家や小説家という道を選んだ。作家というのは、元祖youtuberみたいなもんです。村上春樹先生はムラキンで、東野圭吾先生はヒガキンです。(……ヒカキンと発音が似てるな)
自分に近いキャラクターというのは、作家としては感情を移入しやすい(まああまりに近すぎて書きにくいというパターンもあるのですが)。アサリの気持ちに寄り添いながら物語を紡ごう。まずはそう決めた。
貝社員はダメ社員だ。ダメな集団がある人物の登場で奮起する。シンプルな話型だが、これは物語の王道でもある。
三谷幸喜さんのドラマはこのパターンが多い。三谷さんのインタビューで『がんばれベアーズ』という映画が好きだというのを読んだことがある。がんばれベアーズもこのパターンを踏襲している。
貝社員というキャラクターが突飛なので、話型はシンプルな方がいい。今回の話にはこのパターンが一番はまるだろう。これで物語の展開は決まった。
続けて舞台の設定だ。ビジネス小説にしてほしいというオーダーもあったので、ビール業界を描くことにした。というのもビール業界は、生き馬の目を抜くとも言われているほど厳しい世界だからだ。
ビール業界の営業マンである貝社員たちが大逆転を起こす。
シナリオ用語である、ログラインが決まった。
大逆転といえば、ジャイアントキリングだ。ジャイアントキリングは弱者が強者を打ち破るという意味だ。サッカーでよく使われる言葉でもある。
ならば会社員たちに影響を与える人物をJリーガーにしよう。
そう思ったのだが、はたしてJリーガーからビールの営業マンに転身する人などいるのだろうか。そんな疑問を抱き、『Jリーガー ビール 営業マン』で検索してみた。すると『千代反田充』という名前がヒットした。
千代反田さんは元Jリーガーで、名古屋グランパスで優勝経験もあるすごい人物だ。サッカー選手を引退したあとは、ビールの営業マンに転身された。
本当にそんな人がいたんだと驚いた。そこで早速千代反田さんにアポイントを取り、取材をさせてもらうことにした。千代反田さんは快く引き受けて下さり、ビール業界のことやJリーグのことを話してくださった。もちろん話はビールを飲みながらだ。ビールの話を書くのに、ビールを飲まないわけにはいかない。
取材をするときはiPhoneで録音するのだが、後で聞き返すと何を話してるのかまったくわからなかった。酒取材とは怖いもんです。
こうして『貝社員 浅利軍平』は完成した。この題名は、アニメ貝社員の監督であるモリさんが「サラリーマン小説なんで、半沢直樹みたいなかっこいいタイトルにできないですかね」と言われたので、フルネームをタイトルに入れた。
浅利(アサリ)、灰田(ハイ貝)、鴨樹(カモ貝)、六流(ムール貝)の貝社員たちが、川畑(千代反田さんがモデル)に影響されてどう変わっていくのか。そしてどんな大逆転劇が待ち受けているのか。その答えは小説の中にあります。
あと課長も出てきます。
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