『シンマイ!』について

夏目漱石の作品はだいたい読んでいるのだが、やはり『坊ちゃん』が一番好きだ。坊ちゃんは無鉄砲で、頭よりも体が先に動くという気質を持っている。誰かれかまわずあだ名をつけ、目上の人間にも不遜な態度をとる。こんな奴が後輩だったらたまったもんじゃない。

だが妙に憎めないところがある。普通の人ならできないことを、坊ちゃんは後先考えずにやってしまうからだ。だからこそ坊ちゃんは、漱石作品の中でもダントツの人気を誇っているのだろう。

そこでふと気づいた。これはヤンキーではないだろうか。純然たるヤンキーではなく、ヤンキー要素があるといういう意味だ。坊ちゃんは元祖ヤンキーと言える。

そういえば漫画のキャラクターはヤンキー要素が高い。小説よりもキャラクターの魅力が重要となる漫画では、この坊ちゃんと同じ気質を持っている主人公が多い。キャラクターの魅力とは、このヤンキー要素の有無だとも言い換えられる。

なるほど。なるほど。ならば魅力的なキャラクターの書き方を習得するためにも、一度ヤンキーを主人公にしたキャラクターを書いてみたほうがいいのかもしれない。

そう思い、ヤンキーを主人公にした小説を書くことにした。ではどんな舞台がいいだろうか。ヤンキーとは正反対の設定が良い。そうすればギャップが生まれ、物語が活発になるからだ。

そこでひらめいた。農業はどうだろうか。農業と言えば素朴なイメージがする。素朴さとヤンキーさは完全に間逆だ。(取材してみると、想像と違って元ヤンの農家が多かったのだが……)

特に農業でも米がいい。なんせ米は日本人の主食だ。米が嫌いで嫌いで、米袋を見れば猛然と殴りかかる。そんな人間いないだろう。

そこでヤンキー要素のある翔太というキャラクターを考えた。血気盛んで口が悪く、ミニバンのヴェルファイアをこよなく愛するという主人公だ。ヤンキーといえば、友達とミニバンに乗って海やイオンモールに行くものだろう。

そんな翔太は無職となり、父親の頼みで農業の道へ入る。まずはここまで考えた。

ここでもう一つ僕が好きな物語の要素に、じいさんが登場する話がある。寡黙で職人気質のじいさんだ。翔太に教えを導くものとして、そんなじいさんを登場させることにした。それが翔太の祖父である喜一だ。

そして新潟の米農家で取材をさせてもらい、米作りのいろはを教わった。米は生まれてからずっと食べているものだが、僕は何も知らなかった。その驚きや知識も小説の中に組み込んだ。合鴨農法の鴨を捕まえるのが難しいなど、やってみなければわからないだろう。

そしてヤンキーといえば仲間だ。仲間のキャラクターが重要な要素となる。そこで翔太の友達として、えぐっちゃん、まっさん、よっちんというキャラクターを作った。ヤンキーといえば、お互いをあだ名で呼び合う。だからこの三人の本名は本編では出てこない。

さらに新潟で登場するキャラクターとして、里美、まさる、幸太郎がいる。ヒロインである里美は元サッカー選手で、引退して農業の道に入ったという設定だ。ちなみに里美は、女子サッカーの岩渕真奈選手をモデルにさせてもらった。ちょうどなでしこが大活躍していた時期だったのだ。

そしてこの小説での中で特にこだわったのがオチだ。僕は放送作家の時、ある番組でショートドラマを何年間も作っていた時期がある。その中で、毎回みんなが号泣するパターンがあった。僕はそれを『◯◯オチ』と呼んでいた。今回はそのパターンを使うことにした。ドラマは300本以上は作ってきたが、その中で最も評判が良かったのは必ずこのパターンだった。このパターンにさらなる工夫を施した。いわば伝家の宝刀みたいなものだ。

原稿が完成して、講談社の編集長が読んでくださったのだが、涙を流しながら「このオチは卑怯すぎる」と言ったらしい。さすが鉄板パターンだ。

こうして『シンマイ!』は完成した。その年にとれた米という意味の新米、まだまだ未熟者だという意味の新米、そして神が作ったかと思うほど旨い米という意味の『神米』。トリプルミーニングだ。この題名は編集者さんが決めてくださったのが、まさにこれしかないという題名だった。

キャッチコピーは、『泣いて笑って腹が減る』。読めば米が食べたくてたまらなくなる米小説となっています。読み終わるタイミングで、米が炊き上がるようにしたほうがいいですよ。

 

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作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。