水嶋ヒロくんと『アゲイン』について

お笑いが好きだ。

関西という土地柄もあって昔からお笑い番組をよく見ていた。その影響でお笑い好きになり、放送作家という道を選んだ。お笑いが好きで、芸人さんを尊敬している。その発想の凄さ、卓越した話術だけではなく、コンプレックスや不幸すらもすべて笑いに変えてしまう。その精神と懐の深さにいつも感心させられてしまう。

小説家になるために小説を書こう。そう思い、まっ先に思いついたのが芸人さん主人公の話だ。まず芸人が好きであるということと、僕が芸人さんの世界について普通の人よりも詳しかったからだ。

有名人やタレントではない一般人が小説家としてデビューしようと思ったら、小説の新人賞で賞を取るのが一般的だ。最近は『小説家になろう』など、ネットからデビューするケースも増えているので以前より選択肢は広まっている。

ただ当時はそこまでネットデビューが普及していなかったので、とりあえず何かの新人賞で賞をとる必要があった。どういう小説が受賞できるのだろう。そう考えたとき、まずはじめに思い浮かんだのが専門性だ。

もちろんセンスというのもある。まだない新しいセンスや斬新さを文芸の世界に持ち込めば、受賞することが多い。そしてそういう作品は、デビュー作であるにもかかわらずベストセラーになりやすい。

ただ自分はセンスで勝負するというタイプではない。いわゆる王道タイプだ。じわじわと着実に実力をつけ、長く活躍できる作家を目指すべきだろう。

センスでは無理ならば、受賞するには専門性がいる。その業界のことを見知った人間が描く小説は、リアルさにおいて圧倒できる。医者出身の作家が多いのは、そういう理由もある。やはり医師出身の作家さんが描く医療ものは、他の作家では太刀打ちできない。

自分の専門性といえば何だろうか。それは放送作家としての経験だ。脚本も書いていたので、頭に映像が浮かぶような文を書ける。ユーモアのある文も得意だ。そういう長所を前面に押し出すためにも、見知った芸人さんの世界を描くのがいい。そう判断した。

ただ芸人主人公の小説はこれまでにも数多く出版されている。何か差別化をしなければならない。

そこでまず最初に、ペンギンが芸人になるという小説を考えた。とつぜん人語を話せるようになったペンギンが、若手芸人の世界に飛び込むというストーリーだ。

これは面白いと一気に書き上げたのだが、書き上げてから読み返すとまったく感情移入ができない。さすがにこれは無茶だった。

差別化を狙いすぎてわけがわからなくなる

差別化とは狙うものではなく、作ってみると結果的にそうなったというのがいいのだ。ほんとよくない例の一つだ。

その反省を踏まえ、続けて生まれつき言葉が話せない少年が芸人となるというのを考えた。芸人にとってもっとも大事なおしゃべりが最初からないというところからスタートすれば、お笑いの本質を浮き彫りにできるかと思ったのだ。

彼は言葉が話せないので、フリップ芸と呼ばれる紙芝居のような芸をする。これはいけるかなと思ったのだが、やはり言葉が話せない人間が芸人になるのは無理があるか、と途中で書くのをやめた。ペンギンほどではないが、リアリティーがなさすぎる。いわゆる業界ものの話は、リアリティーがなさすぎると読者が冷めてしまう。

だが2018年のRー1グランプリで、濱田祐太郎という弱視の芸人さんが優勝した。もしかすると言葉が話せない人間が芸人になるという小説も今ならありなのかもしれないが、当時では受け入れてもらえなかっただろう。

完全に行き詰まった。さぁどうしよう、と頭をひねって次に考えたのは、大人と子供の話だ。昔からだめな大人と賢い子供という構図の話が好きだった。ならばこの構造を使って、芸人さんの小説を書こう。そう思い、兄が芸人で妹が小学生という小説を書くことにした。兄と妹は父親違いの兄弟だ。そして兄の方の父親が芸人という設定にした。

これはうまくはまり、最後まで書き上げることができた。芸人とは何か、お笑いとは何か。放送作家として芸人さんたちと付き合う中で感じていた想いを一つ一つ込め、物語を編み込んでいった。タイトルは『アゲイン(文庫時に『もういっぺん。』に改題)』にした。

ちょっと話は変わるのだが、このアゲインを書いてすぐに、放送作家の大先輩である鈴木おさむさんが『芸人交換日記』という本を出された。これも同じく芸人ものだが、交換日記という新しい切り口で描かれている。これを読んで、さすが鈴木おさむさんだと感心した。僕は登場人物の構図だけで他の作品との差別化を図ろうとしていたが、鈴木さんは交換日記という別の形式を持ち込んだのだ。売れっ子放送作家はすげえな、と一人うなった記憶がある。

本題に戻る。そしてアゲインは幸運にもポプラ社の小説大賞特別賞いただいた。授賞式があるというので、一緒に仕事をしていたジャルジャルのスタイリストさんに衣装のスタイリングをお願いした。彼が持ってきてくれたのが、黒のジャケットに白いパンツと言う結構派手な衣装だった。さすがにこれは派手じゃないかと言うと、「浜口さん、せっかくの授賞式なんですからこれぐらいやらないと」といつになくぐいぐい押してくる。新人賞の授賞式なのだ。さほど大規模なものではないだろう。まあ派手でもかまわないか、と僕は了承した。

すると授賞式当日、想定外の事態が起こった。なんと大賞の受賞者が、あの水嶋ヒロ君だったのだ。

人気絶頂の俳優がとつぜん小説家に転身する。そのニュースは世間の話題を集めていた。そんな彼が小説の新人賞に応募し、いきなり賞を受賞したのだ。

会場は大勢のマスコミでごった返していた。とても小説の新人賞の授賞式の規模ではない。直木賞や本屋大賞でもこれほど人は集まらないだろう。

そして水嶋ヒロくんに会った。僕も一応テレビの世界で仕事をしていたので、イケメンは見慣れてるつもりだったが、水嶋ヒロくんはそのイケメン具合が頭一つ抜けていた。顔も小さく、スタイルも抜群だ。さらに頭脳明晰で、文才もあり、サッカーも全国大会に行ったことがあるほどの腕前を持っているらしい。

神様がまだ生まれぬ子供達に才能の種を与えているときに石で蹴つまずき、あやまってその才能の種を水嶋ヒロくんにすべて注ぎ込んだのかもしれない。その才能の種をもらえるはずだった人たちは気の毒でならない。

そこではっとした。もしかしてこんなイケメンと並んで、授賞式に出なければならないのか。しかもこんな大勢のマスコミがいる前で。途端にこの漢字五文字が脳裏をよぎった。

圧倒的後悔……。

なぜ自分はこんな派手なスーツを着てきてしまったんだ。今からタイムマシンを開発して、スタイリストが衣装を持ってきてくれた時点にさかのぼりたかった。そして

おまえやめとけ。しゃれにならんほどの大恥かくぞ。おまえのメンタルでは三年は立ちなおれんぞ」

と胸ぐらを掴んで注意したかった。

案の定水嶋ヒロ君とならんだ自分はとんでもなく滑稽だった。やはりはしゃいでいいことなどひとつもない。みなさんも気をつけましょう。

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ABOUTこの記事をかいた人

作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。