好きなことがないと生きていけない時代ー換気扇少年の未来ー

昔、とある子供番組をやっていた。すごい特技の持ち主や、スポーツで有名な子供たちを紹介する番組だ。その中で、一人風変わりな少年を紹介したことがある。

彼は換気扇が好きで、1日中換気扇のことばかり考えているという男の子だった。普通の子供ならば誕生日プレゼントに流行のおもちゃやゲームなどを欲しがるが、彼は換気扇を親にねだっていた。彼の家はお気に入りの換気扇で埋もれていた。

番組側からのサプライズとして、巨大な工場にある換気扇を彼に見せてあげた。彼は狂喜乱舞した。YouTube で、よく任天堂スイッチをプレゼントされて喜び狂うアメリカの子供が流れているが、まさにあんな感じだ。ただ彼の場合は、スイッチではなく巨大な換気扇だった。

当時まだ僕には子供はいなかったが、もし子供ができたならばああいう子供に育って欲しい。そう思うほど感銘を受けた。

ただスタッフのある一人が「換気扇じゃなくてもっとメジャーなもんやったら食べていけるかも知れんけどな」とぼそりと言った。

たしかに一理ある。

好きなことで食べていく。

よく聞く言葉でもあり、バカにもされる言葉だ。

昔YouTuber が注目され始めた頃、彼らがこの台詞をよくCMで口にしていたが、世間の大人は嘲笑混じりの発言をしていた。好きなことで生きるというのは、それだけ難しいとみんな思い込んでいるらしい。

僕は話を作ることとお笑いが好きで、放送作家と小説家という道を選んだ。ただこれはどちらも、商売として成立していたからだ。

もちろんその道を歩むことの難しさはあるかもしれないが、進む先は見えている。だから険しいとはわかりつつも、足を進めることはできる。

ただ換気扇にその先というものはない。換気扇を製造するメーカーで働く。それぐらいしか思い浮かばない。

いくら好きなことで生きるといっても、そこには制限のようなものがあるのかもしれない。それが何だか残念でならなかった。

それから10年以上経ったが、その考えが徐々に変わりはじめている。ネットが普及し、ブログやYouTubeやSNSなどで、個人が自分の考えや思いを伝えられることができるようになってきた。ネットを通じて簡単に個人間でのお金のやり取りもできるようになっている。ビットコインなどの仮想通貨もやっと注目されてきた。これがもっともっと普及すれば、この流れはさらに加速する。

ある本に書かれていたのだが、あるところに金魚が好きでたまらないアメリカ人の若者がいた。彼は金魚好きが高じて、自作の金魚鉢を作りたくなった。だがその資金がない。

そこでクラウドファンディングで、「クールな金魚鉢を作りたいんだ」と呼びかけ資金を募った。すると、あっという間に彼のもとにお金が集まってきたそうだ。金魚鉢という狭い市場でも、ネットのおかげでそれを世界に広げることができる。そうすれば、ニッチな産業でも十分にやっていける。彼は、今金魚鉢のクリエイターとして生活しているそうだ。

あの換気扇少年も、この金魚鉢クリエーターのようにきっとなれる。ネットが、世界中の換気扇好きと彼をつなげてくれるからだ。

好きなことだけでは生きていけない。今まではこう言われていた。

だがこれからの時代は、その価値観がひっくりかえる。『好きなことがないと生きていけない時代』となるだろう。これまでのように、好きではないがお金になると思われてきた仕事は、すべて AI が引き受けてくれることになる。

そして好きなことに対する情熱が深ければ深いほど、ネットを通じてお金と評価が集まる世界になっていく。

ただその反動として、 これからの人々の最大の悩みは、『好きなことが見つからないんです』になるだろう。情熱を捧げ夢中になれることがない。そのことを嘆く人々が続出するに違いない。

となるとこれからの時代でもっとも求められる仕事は、人々に好きなことを見つけてあげられるようにサポートする仕事かもしれない。

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ABOUTこの記事をかいた人

作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。