効率化とケーキミックス

ライフハックという言葉がある。

ネット環境の普及に伴い生まれた言葉で、いかに作業を簡便かつ効率良く行うかを主眼としたテクニックという意味らしい。

簡単に言えば、効率化ということなのだろう。機械やロボットにできることは、できるだけ彼らに任せてしまう。そしてその浮いた時間を、人間らしいことに使う。 まさに合理主義というやつだ。

僕もどちらかというと、そういう考えをする傾向にある。無駄なことを極力省きたいと思ってしまう。これは僕だけではなく、たいていの現代人がそう考えているだろう。

するとある本でこんなことが書かれていた。

1940年。ある食品会社が、ケーキミックスというインスタントでケーキが作れる商品を開発した。これを使えば、誰でも簡単にケーキが作れる。今では一般的な商品だ。

これは主婦におおいに受けいられるだろう。同社の人間はそう胸をふくらませた。

だがこれは売れなかった。 手間がかからずにケーキを作れるというのにまったく売れない。開発者たちはわけがわからなかった。

そこであることに気づいた。主婦たちにとって、ケーキ作りは単なる骨折り仕事ではなかった。それは愛情表現の一つなのだ。あまりに簡単に作れるインスタントケーキでは、その愛情を表現できない。

そこで同社の人間は、卵を加えなければならないなどの手間を少し加えた。するとインスタントケーキは爆発に売れはじめたのだ。

この話が非常に面白かった。

多くの人間は、手間をはぶけばはぶけるほどいいと考えている。だからライフハックや効率化という言葉を、これほど頻繁に口にするのだ。

でも人間というのは、効率化がいきすぎると不幸せになるのかもしれない。

スマホができてたしかに世の中便利になったが、スマホのなかった時代より幸せかどうかと問われれば、首をかしげる人も多いに違いない。効率化は、幸せには直結しない。

こんなものはいらない。そう思って排除したものの中に、自分の大切なものが含まれていることがある。

無能でいらないと思っていた社員をリストラしたところ、会社がうまく回らなくなったという話と似ている。その無能な社員はたしかに仕事はできなかったかもしれないが、社員同士の関係性をなごやかにしたりほっとさせたりするという才能の持ち主だったのだ。彼は会社にとって重要なピースだった。

効率化もほどほどにしなければならない。これからの時代には、よりそう自戒する必要がある。

 

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作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。