豊臣秀吉は人たらしと呼ばれていたそうだ。 本来ならば人をだますことという意味で使われる言葉だが、今ではいい意味で使われることの方が多い。
この人はまさに人たらしだ。そんな人物に僕は出会ったことがある。
それは、 お笑いコンビ・ロンドンブーツ1号2号の淳さんだ。
僕がまだ放送作家になって間もない頃、 大阪でやっていたロンブーさんの番組の特番に参加したことがある。
ロンブーは今でも人気のあるコンビだが、当時の人気はすさまじいものがあった。多分若手芸人の中では、ダントツの一番人気だったんじゃないだろうか。若者からカリスマ的な人気を誇っていた。ロケをしていても、見物客がとんでもなかった。
なんとかロケを終え、収録後にロンブーさんのお二人とスタッフをまじえて打ち上げをすることになった。ロンブーの二人と一緒に飲めるのだ。テレビってすげえなと、若かりし頃の僕は興奮した。
淳さんと亮さんのお二人は、プロデューサーやチーフ構成の放送作家さんなどのお偉いさんたちのテーブルで座っていた。僕みたいな新米放送作家やADは隅っこでおとなしくしていた。いわゆる下っ端組だ。でもこの空気に触れていられるだけで大満足だった。
コップの自分のビールがなくなったので、手酌でビールを注ごうとした。すると誰かがビール瓶を持ち上げ、僕のコップに注いでくれた。僕は顔を上げ、礼を言おうとした。その瞬間、立ちすくんでしまった。
なんとビールを注いでくれた相手は、淳さんだったのだ。
スターにビールを注いでもらうなんてとんでもない。僕はあわてふためいた。
「すっ、すみません。ありがとうございます」
あせりすぎて、うまく発音できなかった。
すると淳さんは白い歯を見せ、満面の笑みで言った。
「いいよいいよ。今日頑張ってくれたからね。でも俺がビールを注いでくれたって、友達と知り合い全員に言ってね」
それを聞いていた周りのスタッフが笑い声をあげた。僕の緊張をほぐし、場を盛り上げるための冗談だ。この一瞬で、そんな二つの要素をまじえたユーモアが口にできる。人気芸人とはとんでもないものだ。
そしてその瞬間、僕はこう思った。
現代の秀吉が目の前にいると。
気のせいか、淳さんの背後に金屏風と金閣寺が見える。
その後もよく観察してると、 淳さんは若いスタッフたちにビールを注いで回っていた。みんな僕と同じような反応をしている。スター淳が、下っ端に気を使ってくれているのだ。その感激はなみなみならぬものではない。
のちのち気づいたが、それこそが淳さんの狙いだったのだろう。その下っ端のスタッフたちがゆくゆくはディレクターなどに成長し、番組づくりの中心となる。その時、彼らは淳さんと必ず仕事したいと思うだろう。まさしく僕はそう思った。
浮き沈みの激しい芸能界で、淳さんが第一線でやっている理由がよくわかった。
あれから十五年近く経っているが、僕はこの話をよくする。友達や知り合いみんなに話してね、という淳さんとの約束を守っているのだ。
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