君は悔しさを直視できるか?ーアキナから学ぶ精神力ー

『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』の登場人物である仙堂(映画では仲村トオルさんが演じられていた)というニュースキャスターに

「発見とは自分の失敗をつぶさに観察することから始まる」

というセリフを言わせた。このセリフが伏線となり、後々ある重要な出来事に繋がっていく。このセリフは、ある芸人さんのエピソードが参考になった。

以前『創談室』というYOUTUBEの番組をピン芸人のヒューマン中村と一緒にやっていた。そこに、アキナの山名にゲストで来てもらった。

 

アキナは現在は二人組のコンビ芸人だが、以前はソーセージという三人組のトリオ芸人だった。ソーセージは有望な若手芸人で、関西の若手芸人の世界でどんどん活躍していった。そしてとうとう、深夜番組の司会を任されるまでに成長した。その芸歴で深夜番組のMCを任せられるだけでも大抜擢なのだが、なんとそれは帯番組だった。つまり毎日やる番組なのだ。まさに前代未聞の大出世だった。

さらにソーセージは、コント師の登竜門である、キングオブコントの準決勝にまで進出した。順風満帆とはこのことだろう。ソーセージは時の勢いに完全に乗っていた。

ところがそんな時に事件が起きた。ソーセージのメンバーの1人のFくんが、暴力事件を起こしてしまったのだ。そのせいで、ソーセージの活動はできなくなった。帯番組でのMCの話もなくなり、キングオブコントの準決勝にも出られなくなった。

急転直下とはまさにこのことだ。このとつぜんの事態に、山名も激しく落ち込んだそうだ。当時の写真を見せてもらったのだが、ヒゲだらけでやつれにやつれていた。十浪中の浪人生でもここまで落ち込めないだろう。

もちろんそれは相方である秋山くんも同じだ。二人は激しく落胆していた。この不運は彼らのせいではない。すべてFくんのせいだ。だからこそ、心をうまく定めることができなかったのだ。

ところがそんな二人がとった行動を聞いて僕は驚いた。彼らは深夜バスに乗って東京に向かったのだ。

目的地は、キングオブコントの準決勝が行われる場所だ

もしソーセージがなにごともなかったならば、彼らはその舞台でコントを演じていた。つまり自分たちが渇望しながらも立てなかった舞台を、わざわざ大阪から東京まで見に行ったのだ。

僕ならば考えられない。悔しくてとても見る気になれない。どんな気持ちで他の芸人が活躍する光景を見ればいいのだ。想像するだにやきもきする。

僕だけではない。ヒューマン中村もそんなこととてもできないと言っていた。これが普通の人間の感覚ではないだろうか。

だが山名は笑ってこう教えてくれた。

ずっと出たかった舞台やからこそ見たかったんですよ。今年は運が悪くて無理やったけど、来年は絶対この舞台に立とうと思って、秋山さんと相談して行ったんです」

こいつはすごいなと僕は感嘆した。口では簡単に言っているが、なかなかそんなことはできない。

その後ソーセージは解散し、山名くんと秋山くんの二人でアキナというコンビを新しく組んだ。新しくコンビを作るということは、一からすべてやりなおしとなる。小さいながらも山のてっぺんにいた芸人が、また地面に降りて戦わなければならない。

そしてその一年後、アキナはキングオブコントの準決勝の舞台に立ち、さらに決勝まで勝ち上がった。あの時悔しい思いを感じながら乗った深夜バスは、彼らを決勝の舞台に導いたのだ。

彼らは、自分たちの失敗(いや、自分ですらない仲間の失敗だ)から目をそらすことなく、次の目標を見据えた。アキナが今活躍できているのは、こういう精神力を持っていたからだろう。

それ以降、僕も山名を見習って、ヒットした小説や漫画や映画はなるべく目を通すようにしている。

悔しさを直視できるか。これができる人こそ飛躍できるような気がする。

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作家です。放送作家もやってました。第5回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し、『アゲイン』でデビュー。『22年目の告白ー私が殺人犯ですー』は20万部を超えるベストセラーに。他に『宇宙にいちばん近い人』『シンマイ 』『廃校先生』『神様ドライブ』『くじら島のナミ』『貝社員 浅利軍平』などがある。お仕事(執筆、講演)の依頼は、お問い合わせ欄まで。