スマイルというお笑いコンビがいる。僕は放送作家として、彼らと一緒にずっと仕事していた。彼らがデビューしてすぐからの付き合いなので、知り合ってかれこれ十五年ぐらい経つ。
年齢も僕より少し下ということもあって、仕事仲間というよりはどちらかと言うと弟に近い感覚だ。
スマイルはウーイェイよしたか(@wowyear )と瀬戸(@smileseto )のコンビだ。よしたかがボケで瀬戸がツッコミだ。
スマイルの魅力の1つによしたかの天然ぶりというのがある。よしたかはとにかくアホなのだ。行動一つ一つがとにかくおかしい。
放送作家時代、よしたかによく付き合っていた。ある日散々夜中までお酒を飲んだ後、よしたかの家に行くことにした。彼は親元を離れて一人暮らししたばかりだったので寂しかったのだろう。当時よく家に誘われた。
するとよしたかがこんなことを言い出した。「あっ、浜口さん、僕これからシャワー浴びるんで、その間よかったら文珍師匠のDVD見といてください」
そして文珍師匠のDVDをセットし再生ボタンを押すと、1人浴室に消えていった。僕は夜中の四時に文珍師匠の落語を見るはめになった。これがよしたかなりの気の使い方なのだ。
他にも、夜中に急にワンピースのゲームをやりはじめた。僕がビールを飲みながらその様子をぼんやりと眺めていると、よしたかが急にハッとした。僕が退屈していると思ったのだろう。そこでおずおずと、「あっ、浜口さん。よかったらサンジやりますか」ともう一つのコントローラーを手渡してきたのだ。気の使い方がねじれにねじれている。
こんなおかしなキャラクター、使わない方がどうかしている。僕のデビュー作であるアゲインは、芸人を主人公とした小説だ。そこでスマイルをモデルにしたよし太と瀬名というキャラクターを登場させた。よし太を書いてるとき、とにかく楽しかった。筆が勝手に進むというやつだ。
もう一度よし太が登場する小説を書きたいものだ。アゲインでは脇役だったが、今度は主人公で。一体どんな小説ならば、よし太のキャラクターが存分に生かせるだろう。
そんなことを考えてる時、YouTubeで懐かしいCMを見た。それはマクセルDVDのCMだ。生徒数が数人しかいない小学校が舞台だ。その学校は廃校が決まっている。その廃校までの1年の過程を映像に収めたものだ。そういえば昔このCMを見ていたく感動したことを思い出した。その瞬間閃いた。よし太を先生にすればどうだろうか。ウーイェイよしたかと教師という職業は正反対だ。あんなアホな教師絶対にいるはずがない。だからこそ小説にすれば面白いはずだ。
さらに、僕は学校も先生も大嫌いだ。登校拒否の経験もあり、筋金入りの学校嫌いだ。物語でも、教師ものだけはどうも肌に合わない。熱血先生も泣き虫先生もヤンキー先生も、自分が生徒だったらさぞかしうっとうしいだろうな、と身ぶるいするぐらい苦手だ。
だからこそ自分が書く意味がある。廃校寸前の学校を舞台にして、よし太先生を主人公にしよう。そう考えたのだ。
まずは取材だ。廃校になりそうなほど人数の少ない小学校はどこにあるだろうか。そう思った瞬間すぐ頭に浮かんだのは奈良の十津川だった。僕は奈良出身なので、僻地といえば十津川だった。
すぐに十津川村の教育委員会の方に連絡を取り取材をさせてもらうことにした。そこで十津川村の平谷小学校を紹介してもらった。この学校は2017年で閉校が決まっていた。つまりもうこの小学校は存在しない。この学校がよし太先生の舞台となった。
「学校とは何か?」「先生とは何か?」を自分の心に問いかけた。理想の教師がいるならばきっとこんな先生だろう。学校嫌いの自分でもこんな先生、こんな学校で習いたい。そう願うような物語にしよう。そのすべての気持ちをよした先生という教師に託した。
そして小説が完成した。題名は廃校先生になった。そのタイトルが決まった瞬間、僕も編集者さんも同時に、「表紙はれなれなさんの黒板アートでどうですか?」と口にした。
れなれなさん(@1oxjiji07)は黒板アートを世に広めた第一人者だ。彼女が高校生の時、なにげなく教室の黒板にチョークで描いたアナと雪の女王の絵が SNS で拡散され、一躍時の人となった。
僕もその絵を見て舌を巻いたものだ。とてもチョークで書いたとは思えなかったからだ。
廃校先生という響きと彼女の校舎のイラストが、僕と編集者さん頭の中で寸分の狂いもなく一致したのだ。もう彼女の黒板アート以外に廃校先生の表紙は考えられない。
幸運に恵まれ、その希望が叶った。れなれなさんは想像をはるかに超える素晴らしい絵を描いてくださった。もちろんそれは、モデルにした平谷小学校の校舎だ。れなれなさんありがとうございます。
メイキング動画もあるので、よかったらみなさんご覧ください。
そして廃校先生はさらなる幸運にも恵まれた。なんと藤原和博先生(@kazu_fujihara)が解説を書いてくださったのだ。藤原先生は教育界のパイオニアだ。 リクルートから教育界に異例の転身をされ、東京都初の民間人校長として数々の改革を行われた。『坂の上の坂』をはじめとして著書も数多くあり、ベストセラー作家でもある。
そんなすごい先生が廃校先生を読んでくださり、「校長室で泣きながら読んだ」と絶賛してくれたのだ。
そこであつかましくも廃校先生の解説をお願いしたところ快く引き受けてくださった。それからプライベートでも藤原先生と交流がある。その度に貴重なお話を聞かせていただいている。今や藤原先生は、僕にとっての本当の先生となっている。
ぜひ文庫版の藤原先生の解説も読んでください。
それにしてもあのアホのよし太先生が、藤原先生を感動させるのだ。物語とは不思議なものだと痛感する。
願わくば、この廃校先生が『二十四の瞳』のように長く愛される物語になって欲しい。
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