NHKのプロフェッショナルの精肉店店主・新保由伸を見た。
牛肉にはランクというものがある。どれだけ脂肪がまばらに等分されているかなどの霜降りの度合いや、肉の光沢などでC1~A5の15段階のランク分けがされているのだ。
最高ランクはA5で、高価格で取引されている。精肉店の腕とは、このA5肉をどう入手するかと言い換えても過言ではない。
だが今回の主役である新保さんは違う。新保さんはA5の牛など見向きもしない。経産牛というランクの落ちた、誰も欲しがらない安い肉をあえて買う。
経産牛とはお産を終えた母牛のことだ。その肉質は硬く、当然肉の等級も低い。ところが新保さんは、この経産牛にある魔法をかけて、A5ランクに勝るとも劣らない肉に変身させてしまう。
その魔法の正体が、熟成肉だ。
肉を一定期間低温保存すれば、肉の質感が変化しおいしくなるという手法だ。もちろん簡単にはできず、新保さんのような熟練の技がいる。新穂さんのその卓越した腕は鳴り響き、「和牛の新境地を開いた」と絶賛されているのだ。
「熟成肉流行ってるもんなあ」と気軽に見ていたのだが、プロフェッショナル恒例・主役の過去を振り返るシーンの段になって、僕は画面に釘付けになった。
新保さんは親の跡をついで精肉の仕事に携わるようになった。すぐに独立するとその頭角をあらわし、店は大成功する。
次々とA5ランクの牛肉を競り落とした。最高級の牛はチャンピオン牛と呼ばれているが、そのチャンピオンを手に入れた精肉店には賞状やトロフィーが送られる。新保さんの家は、賞状やトロフィーでいっぱいになった。
商売は順調そのもの、新保さんは絶頂にいた。ところがここで牛肉業界を揺るがす大事件が発生する。
それは、狂牛病騒動だ。
BSEと呼ばれる病気にかかった牛が発見され、牛の安全性に信頼が置けなくなったのだ。
当然新保さんもその影響を受けた。取引先から次々と契約を打ち切られ、売り上げは激減した。500件もの取引先がゼロになり、借金を3000万円も負ってしまった。
自分が築き上げてきたものはなんなのか、と新保さんは打ちひしがれた。だがここで気持ちを立てなおし、再起を計ることにする。
まずホームページを立ち上げ、全国の取引業者にアピールすることにした。そのとき、ホームページを見た一人の女性から手紙が送られてくる。
北海道で牛を育てている西川さんという女性だった。
西川さんの牧場は、日本では類を見ないほどの完全放牧だった。狭い牛舎に牛を閉じ込めるのではなく、広大な牧場に解き放ち、牛をのびのびと育てさせるというものだ。牛はストレスなく、本来の姿で過ごすことができる。
だが完全放牧は非常に手間がかかり、当然その費用も膨らむ。さらに野草を食べて育った牛は、霜降り牛にはならない。つまり牛のランクで言えば、高いランクにはならないのだ。必然的に安く買い叩かれてしまう。
西川さんの牧場は倒産寸前にまで追い込まれ、藁をもすがる想いで新保さんに助けを求めてきたのだ。
新保さんは西川さんの牧場に赴き、生き生きとする牛たちの姿に感動した。そして、こんな素晴らしい牧場が窮地に陥っているのは、自分のような牛のランクだけにしか注目しない精肉店のせいではないのか、と胸が痛くなった。
この牧場を潰してはならない。この牛を売りたい。新保さんはそう心を固め、西川さんの牛を売ることにした。
だが硬くて大味な肉は売れない。そこで新保さんはドライエイジングと呼ばれる熟成肉の手法を試してみた。
ドライエイジングはアメリカの技術で、そのまま取り入れるだけでは日本の和牛では通用しない。新保さんは三ヶ月に一度西川さんから牛を買い、試行錯誤をくり返した。借金は膨らむ一方で、一年二年経っても結果は出ない。だが新保さんはあきらめなかった。
そしてとうとう理想の熟成法を見つけた。
極限まで水分を抜いて熟成させた西川さんの牛は、大地の香りと力強さを味わえる極上の肉となったのだ。
西川さんの牛は宝石へと変わり、今は出荷が追いつかないそうだ。
これを見て、僕は自分の小説のことを考えてしまった。
ざっくりいえば、シンマイは農業もの、廃校先生は学校ものだ。この二冊は自信があって、自分が考える物語の芯を表現できたと思っていた。
事前に読んでくれた書店員さんからの評判も上々で、これは売れると期待していた。
だが結果は、さほど売れなかった……。
がっくりしたもののその原因を探ると、すぐに答えはわかった。
内容はいいかもしれないが、パッと見の印象が地味すぎるのだ。自分はそういうつもりで書いたのではないが、「ああ、ただのお仕事ものね」とお客さんに思われてしまう。
正直、僕もこの手のジャンルの小説は買わない。
シンマイと廃校先生が、僕が考える物語の王道だと思うが、これでは今の文芸小説ではだめなのだ。
つまりシンマイと廃校先生は西川さんの牧場の牛で、現在の市場では硬くて売りようがない。そして今売れている小説は等級の高いA5ランクの肉で、多くの人が欲しがっている。
じゃあやはり自分もランクの高い肉のような小説を書かなければならないな。そう試行錯誤していたのだが、このプロフェッショナルを見てはたと考えさせられた。
シンマイや廃校先生のような小説が物語の王道で、これこそが物語というものの正しい姿だと自分が考えるのならば、それを簡単にあきらめるのではなく、熟成肉にする工夫をするべきではないのか……。
そうがんと頭を打たれたのだ。今の小説の世界ではA5肉しか売れないと思うのではなくて、シンマイと廃校先生を熟成肉にする方法を考えるべきでないのだろうか。それが作家としてのあるべき姿勢ではないのだろうか。そう反省したのだ。
さらに新保さんはホームページを作るなどしてアピールに努めていた。僕はあきらかにそのアピール不足だった。もっともっと作品を売る、広める努力をするべきなのだ。
今ブログをやるようにしているがそれだけでは足りない。いろんなアピールの手法を考えなければならない。ただいいものを書いているだけでは、読者の方々に読んでもらえる時代ではないのだ。
プロフェッショナルが人気なのは、いろんなジャンルのプロの姿を見て、こういう気づきを与えてくれるからなのだろう。
ということで僕も熟成肉小説の書き方を模索してみます。
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