小説や映画では、詐欺ものと呼ばれるジャンルがある。主人公は詐欺師だ。コンゲームとも言われ、ストーリーが二転三転するの特徴だ。映画『スティング』などがこのジャンルの代表的な作品となる。
戦略系のストーリーでもそうなのだが、相手をだますのに重要な要素が、相手の油断を誘うことだ。油断すれば、人は判断を甘くする。油断禁物とはよく言ったものだ。
だがここで、だます相手がどんな人でも無邪気に信じてしまう人物や、自信過剰で人を見下しがちな人物だとストーリとしては面白くない。簡単にだませてしまうからだ。
『油断大敵』と書いたTシャツを着ているくらい、警戒を怠らない人物が相手だと、「こんな奴をどうやってだますんだ」と読者は興味をもってみてくれる。
物語は、壁や障害を大きくすればするほど面白くなるが、詐欺ものコンゲームものでは、だます相手の用心度がその壁にあたる。
警戒心いっぱいの敵をどうあざむくか?
この問いにうまく答えられれば、作品の面白さはぐんと上がる。
1943年、イギリス軍は北アフリカからシチリア島に上陸し、イタリアを攻める計画を立てていた。しかし敵であるドイツ側に上陸を気づかれては困る。
そこでイギリスが考えた作戦が、イギリスを含めた連合軍がギリシア上陸を計画中だと思わせるものだ。ドイツの目をギリシアに釘付けにした隙に、イギリス軍はイタリアのシチリア島に上陸する。つまり、ドイツのヒトラーをだますのだ。
ただ普通にやってはあのヒトラーをだませるわけがない。そこでイギリス情報部は、 こんな奇抜な計画を立てた。
浮浪者の死体を調達し、まったくの別人に仕立て上げたのだ。この死体に軍服を着せ、偽の身分証を作成した。念には念を入れて、使用済みのチケットの半券も忍ばせた。 そして、連合軍がギリシャ上陸を計画中だと示唆する文書をスーツケースに入れた。どこからどう見ても、イギリスの上級将校だ。
この死体はスペイン沖の海流に流され、海岸に漂着した。それをスパイが入手し、ベルリンの情報部に回された。もちろんヒトラーの耳に入った。
そこでヒトラーは、大軍をギリシアに結集させた。ところが待てどくらせど、連合軍は攻めてこない。この隙に、連合軍はゆうゆうとシチリア島に攻め入り、見事占領したのだ。そして戦況を大きく好転した。
普通警戒する相手というのは生きている人間だ。スパイがどう奮闘しようとも、ドイツ側の人間をだますことはかなり難しかったんじゃないだろうか。
だが死体というのは、まさに死角からの攻撃だ。まさか死体がだましてくるとは誰も思わない。ヒトラーもこの情報を聞いたとき、それが偽情報だとは夢にも思わなかったんじゃないだろうか。
警戒心が強い相手でも、その常識の外から攻め入る。そうすればだませる確率が高くなる。敵の考えと思考パターンを把握し、その外側の攻め手を考える。そうすれば、だませる確率は格段に増える。
ちなみにこの作戦を立てたイギリス情報部にいたイアンフレミングはのちに作家となった。その作品がジェームスボンドシリーズだ。
さらに同じような例がある。
これと同時期に、アメリカには特殊部隊があった。その任務は、アメリカ軍が実際いないところに存在するように思わせ、ドイツ軍への奇襲を成功させることだった。
そこでアメリカ軍の特殊部隊が考えたのが、風船の戦車だった。空気でふくらませたダミー戦車で、上空から見れば、あたかも本物の戦車そっくりに見える。
もちろんそれだけではざつすぎる。ブルドーザーでいかにも戦車らしいわだちをつけ、聴覚部隊が録音した戦車の音を流した。ドイツ軍がアメリカ軍の通信を傍受していることも知っていたので、戦車が進行中だという偽情報も流した。
この作戦は見事に成功した。戦車を風船で作る。これもまさに常識の外にある発想だ。
一見ばかばかしいことをおおげさにやるというのは、テレビ番組のドッキリでもよく使われる手法だ。おおげさにやればやるほど、「まさかそこまでするか 」とだまされる側は思ってくれる。
ばかばかしいことをおおげさにやれば、賢い人間ほどだましやすくなる。理知的であればあるほど、それが常識の外となるからだ。賢い人間というのは、敵としてはもってこいだ。賢い人間をだますことができれば、読者はそれだけカタルシスを感じてくれる。
だましあい勝負の最後の手として、このばかばかしい作戦を加えると、作品がより面白くなるかもしれない。
ああ、こういうの書いていると、コンゲームものが書きたくなってくる。
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