「読者は職業に強い関心を示す。なぜかわからないがそうなのだ」
スティーブンキングの言葉だが、たしかにその通りだと自分で書いていても納得できる。
キャラクターを決めるときも、まず職業を考える。
特に僕は仕事というものが自分の中のテーマとしてあり、
今まで書いていた小説も仕事についてのものが多かった。
その人物がどんな仕事をしているかというのは、
キャラクターひいては、人間そのものを見せるものなのかもしれない。
だがこれからの時代は、職業を描くことが人間を描くこととイコールにならないような気がしている。
企業の寿命がどんどん短くなり、終身雇用で一生その仕事のまま生きる人は少数派になる。
単職から多職の時代となり、一人の人間がいくつかの複数の仕事、コミニュティーに所属する。
人格が複数あるようなもので、一つの職業を描くことがその人をあらわすことにならない。こんな時代になると、キャラクターを描くことが困難になる。
ただ作家が職業を描くときに困るようになるのはもっともっと先の話だ。
なぜならば、エンタメや大衆小説は消えつつある価値観を描くと評価を得やすいからだ。
例えばドラえもんが誕生した当時は、ジャイアンのようなガキ大将も、空き地の土管ももうなくなっていた。ドラえもんはその時代を描いていたのではなく、少し前のことを書いていたのだ。
ドラえもんは秘密道具というSFの要素と、消えつつある価値観を書いたからこそ、今でも高い評価を得ているのだと思う。
歴史ものでも新撰組は人気だが、新撰組が消えゆく武士の価値観を持っていたからだ。読者というのは最先端の価値観を持った人間よりも、消えゆく旧世代の価値観を持った人間に共感するものかもしれない。
前にブログで『堀江さん(ホリエモン)がいらないといっているものは、作家にとって宝物』という記事を書いたが、まさにこういうことを言いたかった。
ホリエモンがいらないものは旧世代の価値観なので、ここに注目すればエンタメとしてはいいものが書ける。
つまりこれからの多職時代は、プロフェッショナルである職人を描くことがヒット要素になってくるかもしれない。
そしてそういう消えつつある価値観を描くことが、作家の役割の一つなのだ。
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