2019年のR−1という大会で、霜降り明星の「粗品」が優勝した。
お笑いにまったく興味のない人のために説明するが、R−1というのはピン芸人の頂点を決めるお笑いコンテストだ。僕は放送作家時代、このR−1の立ち上げにたずさわったことがある。だからこそ、普通のお笑い好きの方よりもR−1には思い入れがある。
霜降り明星は新進気鋭の若手コンビだ。去年芸歴15年未満の漫才師ナンバーワンを決めるM−1を最年少で優勝した。
霜降り明星のツッコミ担当の粗品は、相方のせいやとコンビを組む前はピン芸人として活動していた。彼は関西で年末行われる『オールザッツ漫才』という番組のネタコンテストで優勝している。しかも当時の粗品は十代で、これも最年少優勝だった。
このとき粗品のネタを見て、僕は衝撃を受けた。
彼はフリップ芸と呼ばれる、紙芝居のような形式のネタをしている。ちなみに僕のデビュー作のアゲインという小説は、このフリップ芸を行う芸人が主人公だ。
フリップ芸というのはある種シンプルなネタで差別化しにくい。だからこそ面白さを左右するのは、ネタ一つ一つのクオリティーとなる。
だが粗品は、そこに『高速フリップ』なる新ジャンルを生み出した。
粗品のフリップ芸はとにかく一つ一つのネタ時間が早い。他のフリップ芸と比べると、体感で五倍ほど早いのではないだろうか。
当時の漫才では、どれだけ一つのネタにどれだけボケ数を詰め込めるかというのが主流になっていた。その流れを、粗品はフリップに持ち込んだのだ。
だがフリップは口頭でしゃべる漫才とは違い、ネタ作成にとにかく時間がかかる。なぜならボケ一つ作るのに、イラスト一枚描かなければならないからだ。だからその労力は半端ない。
そうなると人間の心理として、イラスト一枚で笑いの量を増やす方向に向かう。だからフリップ芸はテンポが格段に遅い。
だが粗品は、そんなネタ作りの苦労など知ったことではないかとでも言うように、洪水のようにネタを連発したのだ。
できそうでできない。やれそうでやれない。そういう点をついたアイデアほど優れている。粗品の高速フリップはまさにこの点をついていた。
これはすごい若手がでてきたな、と感心していたところ、粗品はピン芸人をやめて漫才師となった。
そしてその数年後M−1を最年少で優勝し、R−1を優勝したのだ。その年で、野球の最多勝投手と最多安打打者になったようなものだ。
お笑い界に久しぶりに誕生した超新星だ。とくにここ十年ほどは、中年芸人の層が厚すぎて、若手がなかなかこの壁を破れないという傾向が続いていた。そんな中、霜降り明星は見事その壁をぶち破ってくれたのだ。
これからの芸人の世界は霜降り明星、とくに粗品を中心に動くことになる。そう思わざるを得ない快挙だ。
ただ別に粗品を褒めたくてこのブログを書いているのではない。
R−1優勝後、ピン芸人のヒューマン中村がyoutubeラジオで今回のR−1の感想を語っていた。
ヒューマン中村はR−1の決勝に四度進出するほどの実力派芸人だ。しかも粗品と同じくフリップ芸に定評がある。
粗品とは過去R−1準決勝で何度も戦い、そこではヒューマンが勝って決勝に進出していた。
だが今回のR−1ではヒューマン中村は準々決勝で破れ、粗品は見事優勝した。しかもM−1をとった直後に。
そこでヒューマン中村がしみじみと言った。
「今まで俺は自分というRPGの勇者やと思ってたけど、もしかしたら俺は粗品というRPGの中の村人なんかもしれない」
村人、つまり脇役ということだ。
たしかに僕が粗品物語を書くとしたら、ヒューマン中村は序盤で登場するメガネのちょっと小太りなキャラクターとして描くだろう。
ヒューマン中村がそう思ってしまうほど、粗品の今の勢いは驚異的なのだ。
自分が主人公だと思っていたら脇役だったというのはかなりショックだ。芸人という激しい競争の世界にいるからこそ、それが体感できてしまう。
だが物語というのはどこでピリオドをつけるかで変わる。
主人公から脇役になり、また主人公になる。そういう物語が一番かっこいい。
ヒューマン中村が自分というRPGの主人公に返り咲く物語を、2020年のR−1では見られるかもしれない。
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